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大阪高等裁判所 昭和36年(ラ)50号 決定

抗告人 前田照子

相手方 勢至政子

主文

原決定を取消す。

本件抗告を棄却する。

抗告費用及び再抗告費用はいずれも再抗告人の負担とする。

理由

本件再抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。

本件記録によると、原決定は、再抗告理由第二点と同旨の代理権欠缺を理由とする抗告に対し、右主張に付ては何等の判断を加えることなく、単に民事訴訟法第五四七条第二項に基く強制執行停止決定は本案である異議の訴に対する判決のあるまでの仮りの裁判であるから、同法第五〇〇条第三項を類推して即時抗告は許されないものとし、同抗告を不適法として却下したこと明らかである。

しかしながら、若し再抗告人の主張するように、右強制執行停止決定の申請をなした弁護士前田外茂雄に弁護士法第二五条第一号違反の事実があつた場合は、右決定自体を違法と見なければならないのであつて、かような事由に基いて強制執行停止決定に対し即時抗告をなすことは、同決定の内容の当否を争う場合と異なり、当然許すべきものであり、従つて原決定が右抗告理由に付何等判断を加えることなく、先に掲げた理由の下に抗告を不適法として却下したことは不当であつて、本件再抗告は理由があり、原決定は取消を免れない。而して本件については記録にあらわれた事実関係に基いて裁判をなすに熟するものと認められるので、原審に差戻すことなく、当裁判所において事件に付裁判をなすのが相当である。

ところで弁護士法第二五条第一号は、弁護士が相対立する当事者の一方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件について、その相手方のため職務を行うことを禁止するものと解すべきであるが、再抗告人の主張するところは、要するに嘗て相手方勢至政子と宮田藤一外二名との間に本件係争和解調書の作成手続のとられた際弁護士前田外茂雄が右宮田藤一外二名の代理人であつたところ、その後右宮田藤一外二名より同和解調書に基く権利を譲受けた再抗告人に対し、相手方勢至政子が請求に関する異議の訴を起し、且之に付強制執行停止申請をなすに付、同弁護士が相手方勢至政子を代理することを不当とするものであつて、再抗告人自身が何等同弁護士と右法条所定のごとき信頼関係に立つた事実はないことその主張自体より明らかである。してみると、同弁護士が嘗て相手方勢至政子と対立当事者の地位にあつた宮田藤一外二名の代理人であつたことは、本件において相手方勢至政子の代理人として訴訟行為を行うことを妨げるものではない。この理は、再抗告人が抗告理由第二点に対する補充(二)の項において主張するごとく、右弁護士が現在においても宮田藤一外二名の代理人として本件係争和解調書に付更正決定その他の申立をなす権限を有することによつても何等の影響を受けるものではない。

又抗告理由第三点は、第一審決定が強制執行停止の申立を理由ありと認めた旨記載するに止まり、之を具体的に説明していないことを不当とするものであるが、決定及び命令は判決と異なり簡易迅速を旨とするものであるから、申立を認容する場合には事実及び理此の記載がないからとて、之を違法と見るべきものではない。従つてこの主張も採用できない。

その他本件記録に徴するも、第一審の強制執行停止決定には何等違法の廉がないから、本件抗告はその理由がないものとして之を棄却すべきものとし、民事訴訟法第四一三条第四一四条第四〇八条第一号第三八四条第九六条第八九条を適用し主文のとおり決定する。

(裁判官 加納実 沢井種雄 加藤孝之)

再抗告の趣旨

原決定並びに第一審決定を取消す。

相手方の申立を却下する。

抗告費用、再抗告費用は相手方の負担とする。

との決定を求める。

再抗告の理由

第一審申立は京都簡易裁判所昭和三十三年(イ)第四一八号申立人勢至政子、同勢至軍次、相手方宮田藤一、同徳田永作、同浦出友吉間債務履行方法和解事件につき成立した和解調書の執行力ある正本に基く強制執行に付異議の訴提起に因りその執行の停止を求めたものであり、第一審決定は之を認容したので抗告人は之に対して抗告をなしたところ、原決定は右抗告を却下したものであるが、

一、原決定は判例に違背する。

すなはち、原決定は民事訴訟法第五四七条第二項に基く強制執行停止決定はその機能性質において同法第五百条、第五百十二条に基いて発する強制執行停止決定と異らないから、同法第五百条第三項が類推適用せられ、右決定に対しては同法第五五八条の即時抗告は許されないと判示するが、右の判断は以下の各判例に違反する。

(一) 大審院昭和六年(ク)第一五五七号、同年十二月十八日民五決定、新聞三三六六号十一頁、

(二) 大審院昭和六年(ク)第一六一五号、同七年二月一日民一決定裁判例(六)民十三頁

(三) 大審院昭和十一年(ク)第十一号同年二月六日決定、民集十五巻二十号一四七頁

思うに強制手続において口頭弁論を経ずして為すことを得る裁判に対しては即時抗告をなしうること民事訴訟法第五五八条の明定するところであり、同第五四七条第二項の強制執行を停止する裁判がこの場合に該当することは同法条の規定に徴して明白である。成程、民事訴訟法第五四七条第二項に基く強制執行停止決定が異議の訴に附随する一時的応急的裁判である点では同五百条第一、二項に基く強制執行停止決定が再審等に附随する一時的応急的裁判であること、同様であり、従つてこの点においては両者の間に性質上の差異はないものと思われるが、然しこのことのみの故に同五五八条の原則の存在を無視してこの原則の例外である五百条第三項の規定を前者に対しても類推適用するのは不当である。けだし、五四七条に基く取消決定をなす場合には異議のため主張した事情が法律上理由ありと見え、かつ事実上の点について疎明のあつたことの二要件を具備することが要求せられていて、五百条の取消決定の場合とはその要件を異にするから、前者についてはかかる要件の存否の判断に付不服ある当事者に対し救済を求める申立が許されねばならないからである。

従つて原決定の立場は正当ではなく、大審院の前示各判例の立場は維持さるべきものと考える。

二、原決定は代理権の欠缺を看過した違法がある。

第一審申立は前田外茂雄弁護士が申立人即ち相手方の代理人として申立てたものであるが、同弁護士は異議を申立られた

和解事件において勢至政子の相手方前記宮田藤一外二名の代理人であつたので、和解事件とその和解で成立した和解調書の執行力の排除を求める事件とが弁護法第二五条第一号の規定の適用上は同一事件と解すべき以上右和解調書の執行力の排除を求める訴及びこれに基く執行停止申立につき、相手方勢至政子の委任を受けて職務を行つてはならないものである。従つて第一審申立は代理権のない者の申立で訴訟上適法に代理されなかつたものであるから之を却下すべきであつたにも拘らず第一審決定は右申立を認容し、更に原決定もこの点についての抗告人の主張につき何等の判断をも示さず前記代理権の欠缺を看過して抗告を却下したのは違法である。

三、第一審決定は民事訴訟法第五四七条第二項の規定に違背した違法がある。

本件停止決定申立の理由及び疏明を熟読しても執行力排除の如何なる具体的事実並びに法律上の理由を主張疏明しようとするのか全く意味内容は不明である。

然るに第一審決定は容易く申立を認容して強制執行停止決定をなしたのであつて右決定は民事訴訟法第五四七条第二項の規定に違背するものである。

抗告理由第二点に対する補充

(一) 私は弁護士法第二十五条受任の自由の制限の規定は裁判官の除斥回避に関する訴訟法の規定と同様、司法権に対する国民の信頼を保持するため、不公正の虞がありはしないかと疑はせるような場合の受任を制限したもので、弁護士の綱紀問題とは全く別であると思うのである。従つて私は本件を前田弁護士の綱紀問題とは全然考えていない。此の点念のため陳述します。

(二) 本件和解事件において相手方宮田藤一外二名はその権利を譲渡したが当事者の地位の脱退は本件に於ては無いので依然当事者たる地位を保有し、従つて前田弁護士も代理人の地位に在るといわねばならない。

私は先般和解事件相手方の承継人である抗告人の代理人として和解調書の更正申立を為し更正決定を受けたが、仮りに前田弁護士が原相手方の代理人としてその申立をした場合でも、裁判所は新たな委任行為を求めず申立を受理されたであろう。従つて現に活動していなくても当事者及び代理人の地位は存続していると私は思うのである。

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